元手となる資金が限られていても、夢をもって起業する人はたくさんいます。ビジネスモデルによってはほとんどお金をかけずにスタートできる事業は存在しますし、0円起業でも大企業に成長した例は多くあります。
とはいっても、日本で起業した人の59.6%は、開業時に苦労したことに資金繰りを挙げており、廃業した企業の約3割が売上の低迷を理由に挙げているのも、厳然たる事実です。
起業するにはいくら必要かを算出し、必要な資金の調達方法を知ることは、立ち上げた事業を継続させていくためにも非常に重要です。
この記事では、起業を目指す人のために、起業にかかるコストを調査し、その試算方法、調達方法をまとめました。
起業するにはいくら必要か
起業に必要な資本金の額の目安は、事業の種類や規模によって異なりますが、300万円から500万円ほどとされています。日本政策金融公庫総合研究所が行った2023年の新規開業実態調査によると、開業費用の平均値は1027万円、中央値は500万円です。大規模な資金調達を行って起業する人は多少いるものの、4割以上の人が500万円未満の開業資金で起業しています。
とはいっても、起業するのにかかるお金は事業の規模や業務形態、業種によっても大きく異なります。ここでは、EC事業を起業するのにかかるお金に焦点をあてて解説します。次の8つの項目を元に、自分の事業にはいくら必要になるか目安を算出しましょう。
1. 設立費用
個人事業主の場合
管轄の税務署へ開業届を提出するだけで、無料でスタートできます。
株式会社の場合
株式会社の設立には、登録に最低でも約25万円と、任意の額の資本金が必要です。25万円の内訳は以下のとおりです。
- 登録免許税:15万円、もしくは資本金の0.7%の高い額
- 定款用の印紙代:4万円(電子定款の場合不要)
- 定款認証手数料:3~5万円(資本金の額によって変動)
- 登記謄本取得のための手数料:約2,000円(1ページあたり約250円)
- 印鑑証明書の取得費用や会社実印の作成代など雑費:約1万円
合同会社の場合
合同会社の設立には、登録に最低でも約11万円と、任意の額の資本金が必要です。株式会社と比較すると、公証人の定款認証が不要で、登録免許税も低いです。11万円の内訳は以下のとおりです
- 登録免許税:6万円、もしくは資本金の0.7%の高い額
- 定款の印紙代:4万円(電子定款の場合は不要)
- 印鑑証明書の取得費用や会社実印の作成代など雑費:約1万円
会社の設立にあたり、登記を司法書士に依頼する場合は、別途料金が発生します。代行価格は依頼する事務所によってさまざまですが、一般的な相場は6〜10万円程度とされています。
2. 運営費用
事業を回していくにも費用がかかります。特に法人の場合は、税理士、会計士、司法書士、行政書士、社会保険労務士など専門家の手を借りる必要がある場面が多くあります。そういった専門家への支払いも運営費用です。
たとえば税理士の場合、顧問料の相場は個人事業主で月額1〜3万円、法人で月額1〜5万円が相場です。確定申告の際にも10〜20万円の申告料が発生します。
経理に必要な人事労務システムや会計ソフトの利用料も運営費用に含まれます。
会計ソフトは、月額1,000円程度から利用でき、規模が大きくなると数万円がかかります。
主な会計ソフトの利用料は、次のとおりです。
- freee (フリー):個人事業主は月額980円〜。法人は月額2,980円〜
- 弥生会計:セルフプラン月額2,316円〜
- マネーフォワード クラウド会計:個人事業主は月額900円〜。法人は月額2,980円〜
3. 初期在庫用の商品原価
商品を作ったり、仕入れたりするための商品原価も考えなければなりません。商品原価は、予算の中でも最大の費用項目です。必須なので、金額を抑えづらいという特徴もあります。
製品の制作にあたって必要な原材料費だけでなく、材料を加工する際に発生する光熱費や、製造にかかる人件費、工具などの購入費用も考慮にいれましょう。
サービスを販売する場合も、サービスの開発にかかる外注費などが、この商品原価にあたります。
4. 梱包・配送費用
商品を顧客の元に届けるには、梱包と配送が必要です。EC企業が初期費用として考慮すべき重要な要素の一つが、梱包・配送費用であるといえます。
商品そのものにかかる原価とちがって見逃しがちな配送費用ですが、ある調査では、企業の34%が梱包や破損・返品された商品のコスト、そして一般的な配送手数料を大きな課題として挙げています。
EC事業において、配送ボリュームの少ない初期段階では、配送料が割高になってしまうことが多いです。配送戦略をしっかりと練り、コスト効率を考慮することが、事業の成功につながる鍵です。
5. ECサイトの設立・運営費用
EC事業であれば、ストアの運営費用は必須項目です。ECサイトを自作する場合、ドメインやサーバー代で数千円から1万円程度かかるほか、利用するプラットフォームによって利用料などが発生します。
ウェブサイトをゼロから構築するとなると、サーバーと別途契約し、必要なツールや決済方法を個別に導入するなど、手間がかかるだけでなく費用も非常に高額になってしまうため、ShopifyなどのECサイトのCMSを利用して起業コストを抑え、運営費用もまとめるのがおすすめです。ショッピングカートや決済、配送管理など、ECに必須の機能を簡単に実装できるだけではなく、複数のユーザーでECサイトを同時に管理することが可能になります。
6. オフィス・店舗の家賃
オフィスや店舗を構える場合、使用料や賃貸料がかかります。。オフィスや店舗にもさまざまな種類があるため、事業の形態や予算にあったものを選択します。
オフィス
- 賃貸オフィス:オフィス用の物件を賃貸し、自分で内装や家具を整え、電気水道ガスの契約を行う必要があります。契約時にかかる敷金、礼金、仲介手数料などの初期費用が高額で、契約期間も数年単位となるのが一般的です。途中解約には違約金がかかることが多いです。
- レンタルオフィス:設備が整った状態で短期間から契約できるオフィスです。初期費用が低く、清掃や受付サービスも含まれることが多く、運営の手間が少ないのがメリットです。
- シェアオフィス:複数の利用者が共同で使用するオフィスで、フリーアドレス形式が一般的です。契約時に審査や保証人が必要な場合がありますが、初期費用は抑えられます。
- コワーキングスペース:柔軟な利用契約が可能な共用オフィスで、月額や日額で利用料が発生します。長期契約や敷金・礼金が不要で、コミュニティとしての交流の場も提供されます。
- バーチャルオフィス: 物理的な作業スペースを持たないオフィス形態で、主に事業の登記用として住所を提供するサービスです。郵便物の受け取りや電話の応答などのサービスも提供することが多く、実際の事務所を構えなくても「オフィス」としての体裁を整えることができます。
店舗
- 常設店舗:長期間の賃貸契約を結び、固定の場所で店舗を運営する形態です。初期費用として、敷金、礼金、仲介手数料が必要で、毎月の家賃や光熱費などの固定費もかかります。費用は高めですが、自由な内装や長期的なブランド構築が可能です。
- ポップアップ:短期間で特定の場所に出店する形態で、数日から数ヶ月の期間限定で運営されます。出店費用は低く、初期投資も少ないため、コストを抑えながら新しい市場のテストやプロモーションに活用できます。
- 委託販売:他店の販売スペースを利用して、自社商品を販売する形態です。初期費用を抑えられ、販売手数料やスペース利用料のみで商品を販売できます。
7. 人件費
ひとりで起業しても、自分の分の人件費がかかります。ビジネスが大きくなれば、従業員を雇う必要がでてくるため、その分の人件費がかかります。
人件費には、たとえば次の項目が含まれます。
- 給与:従業員に支払う基本給、残業手当、賞与など
- 法定福利費:社会保険料(健康保険、厚生年金保険)や労働保険料(雇用保険、労災保険)。企業と従業員がそれぞれ一定割合を負担する
- 退職金の積立:将来の退職金支払いに備えて、企業が積み立てる費用
- 福利厚生費:健康診断、社員旅行、レクリエーション活動、慶弔見舞金など
- 人材採用費・教育研修費:採用や、研修にかかわる費用
人件費というと給与をイメージしがちですが、給与以外にもさまざまな費用が発生し、非常に高額になる傾向にあります。また、単純に費用がかかるだけでなく、給与計算や出勤簿の作成といった事務手続きが増えるため、運営費用が増える可能性も考慮しておきましょう。
雇用のハードルは高いですが、高収益の事業は、人件費により多くの費用をかけているというデータも存在します。一緒に働く従業員を増やすことが、収益の成長を促進し、事業の継続につながる可能性があります。
8. 広告宣伝費
事業の認知度を高めるためには、広告宣伝費が欠かせません。広告宣伝費には次のようなものがあります。
- 印刷物の制作費用:チラシやパンフレットの印刷費用は、部数やデザインによって異なりますが、数千円から数万円程度が一般的です。
- ウェブ広告費用:GoogleやSNSなどオンライン広告への出稿費用です。ターゲット層や広告の種類により大きく変動しますが、クリック課金型だと1クリック数十円からです。
- イベント・プロモーション費用:展示会などへの出展費用です。全国規模のイベントでは、1スペースを借りて出展するのに最低でも数十万かかります。
- コンテンツマーケティング費用:コンテンツマーケティングとしてブログ記事や動画などを自社で制作する場合は、人件費や撮影機材の購入費がかかります。
広告の目的や、ターゲット層を考慮して、いくら支出すべきか決めましょう。
起業するのに必要な資金の試算方法
- 必要経費か、オプションか検討する:予算化しようとしている項目は、ビジネスに間違いなく必要なものでしょうか?たとえば、広告はビジネスの成長を助け、顧客を呼びこんでくれるかもしれませんが、必須ではありません。無料広告を利用して成長してきたビジネスもたくさんあります。
- 一回限りか、定期的か分類する:費用の支払いを、一回限りで済むものと、定期的に発生するものに分類しておきましょう。たとえば、会社設立の書類作成を行政書士に依頼する費用は一回限りですが、家賃や給与、ソフトウェアのサブスクリプションなどは定期的に発生します。
- 金額が変動する項目と、一定の項目を把握する:定期的に発生する費用について、金額が変動するかどうか確認しましょう。たとえば、家賃や公共料金、保険の支払いやローンの返済額などにかかる費用はほぼ変わりませんが、製品の原材料費や運送費は、変動します。
推奨される支出の割合
収益性の高いビジネスの傾向を分析した結果、初年度の全体予算に対して推奨される支出の範囲は以下のとおりです。
- 設立費用+運営費用:10〜15%
- 初期在庫用の商品原価:28〜36%
- 配送費用:8〜12%
- ECサイト運営費用:9〜10%
- 人件費:14〜30%
- 広告宣伝費:7〜12%
ビジネスは、短距離走ではなくマラソンです。ビジネスを軌道に乗せるためには、最低でも1年半〜2年は必要です。成功したかどうかを初年度の収益で測ることに意味はありません。ショックを受けないように備えるという点でも、初年度は利益が少ないということを理解しておきましょう。
起業資金を調達する方法
自己資金
自己資金での起業は 経営についてすべて自分で決められる点が最大のメリットです。初年度は自分に給料を発生させることができず、会社の収益はすべて事業に再投資するという創業者、役員も多くいます。
ただし、実際に保有している預貯金のすべてを自己資金としてはいけません。開業当初は事業の収支が個人の収支に直結することが多いです。個人の生活費にも余裕をもっておくことをおすすめします。生活費や個人ローンを計算し、3ヶ月分は用意しておきましょう。
友人や家族からの支援
応援してくれる友人や家族から資金を援助してもらうという選択肢もあります。特に家族からの支援は選択肢にあがりやすいですが、その際は、贈与なのか借入なのかを明確にし、年間110万円を超える金額であれば贈与税の支払い、借入であれば借用書を作成するなど、必要な手続きを確認し後々トラブルにならないようにしましょう。
国や自治体からの助成金
都道府県、地方自治体、公共団体ごとに、さまざまな補助金や助成金が用意されています。創業時に特化したものは多くあるため、以下のサイトなどで調べてみましょう。
- ミラサポPlus:中小企業庁の運営している情報支援サイトです。メニューの「支援制度を探す」から条件の絞り込みができます。
- J-Net21:独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営するポータルサイトです。中小企業を対象とする支援が検索できます。地域、種類、分野などで絞り込むことも可能です。
- 各自治体のサイト
政府金融機関
事業計画書をつくり、国が100%出資している日本政策金融公庫に融資を申し込むことができます。民間の金融機関に比べて金利が低く設定されており、融資も得やすいです。制度や使い道、融資期間などは条件によって異なりますが、事業に適したものを探して利用を申請しましょう。
銀行融資
都市銀行、地方銀行、信用金庫、信用組合、ネット銀行など、民間の銀行の多くが事業用資金の貸し出しを行っています。保証協会の保証付き融資や、銀行から直接借り入れるプロパー融資、不動産担保融資など、さまざまな形式があります。
ビジネスローン
銀行などの金融機関が扱うものもあれば、クレジットカード会社や消費者金融などが提供しているビジネスローンも存在します。銀行の融資よりも金利は高いですが、簡易的な審査ですばやく資金を調達することができるのが特徴です。
クラウドファンディング
クラウドファンディングは、インターネットを利用して不特定多数の支援者から少額ずつ資金を募るという方法です。Makuake(マクアケ)、CAMPFIRE(キャンプファイヤー)、READYFOR(レディーフォー)、FUNDINNO(ファンディーノ)などのクラウドファンディングサイトが有名です。ただし、クラウドファンディングは複雑で時間のかかるプロセスであり、成功するキャンペーンを立ち上げるには数ヶ月かかることもあります。
ベンチャーキャピタル(VC)
独自の新規事業のアイデアがあり、一刻も早くビジネスを成長させたいと考えている場合や、株式を譲渡することをいとわない場合、ベンチャーキャピタルからの資金調達を検討してください。ベンチャーキャピタルとは、成長が期待される企業への投資を専門とする会社です。
必要な資料を提出し、審査・評価を受け、条件を交渉するなど、資金調達のハードルは高いですが、無担保で資金調達ができ、ビジネスの成長につながる経営支援を受けられるなどのメリットがあります。
ビジネス向けクレジットカード
ビジネス向けクレジットカードは、設備やオフィス用品などの初期費用をカバーするのに役立ちます。カードによっては購入時にポイントがついたり、キャッシュバックがあったりするので、うまく利用すれば経費を減らすことができます。
ただし、クレジットカードは手軽に決済できる分、気づかずに使い過ぎてしまうというリスクもあります。クレジットカードで支払う予算配分を明確にし、計画的に使用しましょう。
まとめ
起業するのに必要な資金は、設立費用や運営費用、商品原価、梱包・配送費用、ECサイト運営費用、人件費、広告宣伝費など多岐にわたります。事業の規模や業種によってかかる費用は異なりますが、事前にしっかりと見積もっておくことが重要です。
また、自己資金、家族・友人からの支援、国や自治体の助成金、銀行融資、クレジットカード、クラウドファンディング、ベンチャーキャピタルなど、資金調達にはさまざまな方法があります。起業するにはいくら必要かを把握し、自分の事業に適した方法で起業資金を調達しましょう。
ビジネスの道のりは長いです。見通しをもって、持続可能なビジネスを目指しましょう。
起業コストについてのよくある質問
資金ゼロでも起業は可能?
資金ゼロでも起業は可能です。たとえば、ドロップシッピングやデジタルコンテンツの販売、オンデマンド印刷を利用したビジネスなどは、在庫を持つ必要がないため、初期費用がほとんどかかりません。また、自宅で始められるビジネスであれば、事務所や店舗の家賃などの固定費もかかりません。アイデア次第で、資金ゼロでも起業して成果を上げることが可能です。
事業の継続には年間いくら必要?
業種や事業形態、規模によって大きく異なりますが、法人の場合は最低でも年間数十万から数百万円の維持費がかかります。また、在庫を抱えるビジネスでは、商品の仕入れ費用も必要です。 個人事業主の場合は事業継続に必須の費用はなく、自宅で仕事ができる場合などは、固定費も少なくて済みます。
起業前にいくら貯蓄しておくべき?
ひとりで起業した場合、創業してすぐは事業の収支が個人の生活に直結してしまう場合があるため、生活費の3ヶ月分は貯蓄しておくようにしましょう。
文:Taeko Adachi