ウメッシュでおなじみの「チョーヤ梅酒」が展開する梅体験専門店「蝶矢」。開店以来売上は好調に推移していたものの、緊急事態宣言の発令に伴い店舗が運営できない課題に直面します。危機的な状況を乗り越え、どのような方法で実店舗予約倍率11.5倍と言う驚異的な成果を成し遂げたのでしょうか。
<目次>
CHOYA shops株式会社代表取締役の菅健太郎氏と、オンラインストアの立ち上げに伴走した株式会社フラクタ代表取締役の河野貴伸氏、Shopify Japan株式会社マーチャンサクセス部チームリードの田中孝幸氏が「体験を伝えるコマースの未来とは」をテーマに語りました。
1. コロナ禍の実店舗休業で期間限定オンラインストアをオープン
梅体験専門店「蝶矢」は、来店者が好みの「梅」と砂糖などの素材を選び、100通りもの組み合わせからオリジナルの梅酒や梅シロップを作る体験型の店舗です。
1店舗目の実店舗となる京都店に続き、2店舗目の鎌倉店オープンを目前に控えていた2020年4月、緊急事態宣言発令により京都店は休業を余儀なくされます。売上の補填のために急遽立ち上げたのが、素材となる梅や砂糖をキットとして販売するオンラインストアです。
このストアをたった1日で立ち上げたという菅氏。「やるしかないですからね。他のサービスと比較検討する時間もありませんでしたし、Shopifyは使いやすいと聞いていたのでShopifyに決めて、まずはともかく作りました」と当時を振り返ります。
当初、ストアは緊急事態宣言発令中のみの期間限定のものでした。その理由について菅氏は「出荷作業を京都店にて店舗スタッフが対応していたため、店舗が通常営業に戻るとキャパシティオーバーになってしまう」と話します。
そして、当時のオンラインストアのもう一つの特徴が、出荷数を1日100個に絞っていたことです。それについても、対応する京都店のスタッフの人員を考えたものだったと菅氏は明かします。
驚くべきは、オンラインストアのオープン初日から100個すべてが完売したことです。しかも、オープンにあたって広告は一切出しておらず、実店舗のSNSとプレスリリースによる告知を行っただけだといいます。
2. 4か月で本格的なストア立ち上げ、翌年にはリニューアル
期間限定ストアが好評だったことから、本格的なオンラインストアの立ち上げも急ピッチで進めます。9月頃から準備を始めてストアを新たに作り、わずか4か月後の2021年1月にはオープンにこぎ着けました。
さらに、翌年の2022年9月にはストアのリニューアルも行われます。これを支援したのがShopifyパートナーの株式会社フラクタです。「ブランドを作るのではなく、ブランドが持っている魅力を最大限に引き出してデジタルと組み合わせて発展させていくこと」を支援しているという同社。「ブランドを未来の文化へ」をキーワードに掲げています。
このキーワードについて田中氏は、「期間限定で展開した蝶矢のオンラインストアが広告なしで初日から完売したのは、チョーヤという日本の大人にはほぼ認知されているといっても過言ではないブランドの持つ力があったからこそ。これはフラクタのコンセプトである『ブランドを未来の文化へ』ともつながると感じます」と指摘します。
リニューアルにあたり、菅氏から当時の経営課題や未来のビジョンなどを聞いたフラクタの河野氏は、その方向性として次のポイントを挙げます。
- ただのECサイトを作るのでは意味がない。
- 自分で梅酒を造る体験は楽しいものだが、最初は少し面倒に感じる
- この楽しさを知ってもらうには、店舗に足を運んでもらう必要がある
- そのため、ECサイトだけ完結するのではなく、店舗とつながった「体験」にしなくてはならない
蝶矢のオンラインストアで販売しているのは梅酒ではなく梅酒をつくる体験ができる商材です。しかし、体験をEコマースで販売するのはとてもハードルが高いといえます。「体験を売る」ことをどのようにオンラインで具現化したのかと田中氏が質問します。
それに対して河野氏は「共通して大切なことは、あらゆる接点のバランスと一貫性だと考えています。商品の購入・選択に始まり、届いて箱を開ける、梅酒を作る、パンフレットを読む、そして作った梅酒を味わうことまでが体験なので、そのすべてがバランスよくつながっていないと成立しません」と答えます。
菅氏は当時の課題について、「実店舗の満足度が高い一方で、最初に作成したオンラインストアの満足度は60%に届かない結果でした。実店舗では梅コンシェルジュという専門スタッフが相談にのりながら、テイスティングして選べますが、オンラインストアではそれができません。そのためお客さまが組み合わせを楽しんで選べていないのではと判断しました。そこで、商品選びを体験として楽しんでいただけるショップにしたいということをフラクタさんに一番お願いした部分でした」と語ります。
リニューアル後のサイトは、「梅を味と香りのチャートから探す」「好みの組み合わせを診断する」などのコンテンツを通して組み合わせ選びを行えるものとなりました。さらに、実店舗の梅コンシェルジュにLINEで相談できる動線も用意されています。
これらのページ設計をどのように構想したかを問う田中氏に、河野氏は次のように答えます。
「ただのECを作るのではなく、サイトを見て実際にお店に行ってみよう、お店に行き購入しようという状態まで到達させることが大切だと考えながら設計したので、細かい部分でお店に行きたくなる設計になっています」
また、菅氏は「リニューアルにあたっては、フラクタのチームメンバーの皆さんに実際に実店舗を体験してもらい、サイトを発見してから購入して、また再購入に至る、あるいは友達にすすめるといった最終段階までの一連のカスタマージャーニーを共に作っていきました」と振り返ります。
3. リニューアルで実店舗予約率はなんと30倍に
リニューアル後は、実店舗予約倍率が11.5倍から30倍へと飛躍的に向上。オンラインとオフラインの境目がない状態でビジネスが立ちあがることが証明される結果となりました。
「まずお店に来てもらう、お店に来てもらえればファンになってもらえるという理論を達成するために、ECで完結せずにお店に行ってもらう設計をしたという意味では、非常にエモーショナルなオムニチャネルOMOが実現できたと思っています」と河野氏は語ります。
これを受けて田中氏は、「『エモーショナルなOMOチャネル』は、次の時代のキーワードになるかもしれません。ショッピングすることの楽しさや体験があってファンになるという流れを蝶矢とフラクタが作り上げました」と、ここまでの話を総括しました。
4. Eコマースのさらなる進化にも期待
この約3年間の取り組みを通して学んだことについて、菅氏は次のように語ります。
- 出荷ミスやFAQ動線の消失などの失点を防ぐことは必ず実施なければならない
- 失点があると楽しい体験を阻むことになるので、ミスによる失点をなくす体制をつくることが重要
河野氏はそれを受けて次のように語ります。
- Eコマースはパターン化している部分がある。ベースがあるものは使いまわしたほうがよい
- お客様が悩むポイントは一緒なので必ず解決する
- それらをいかに効率よく行うかが勝負
- ブランドや人間にしかできないところ、特に接客にリソースを注ぐことが重要
今後の展望について菅氏は、「海外に展開したい思いがあります。また、現時点では実店舗でできてECではできないこと、味や香りを楽しんでいただけるようなオンラインストアもいずれは実現していきたいですね」と語ります。
それに対して河野氏は、「香りや味についての技術的な研究は進んでいますね。Shopifyでは商品画像のAR表示が可能ですが、同じような感覚で味や香りの体験が可能なインターフェースをぜひ作ってほしいですね(笑)ECは進化の余地が多くあると思っていますし、今後さらに面白くなる可能性を秘めていると思います。そうなればブランドはさらなる体験を作っていけるようになります。リアルとオンラインがつながっていくのがとても楽しみだなと思っています」
最後に田中氏の「今はオンライン・オフラインと分けて考えていますが、いずれはその境目がなくなってコマースだけが残るのかもしれません。そうなると皆さん、どんどんお金を使ってしまいそうですね(笑)」の言葉が締めとなり、セミナーは終了しました。