企業が成長を続けるためには常に変化を恐れず、新たな可能性を追求することが不可欠です。その手段の一つとして、近年注目されているのがM&A、すなわち合併と買収です。合併と買収は業界全体を一夜にして一変させる力があると言っても過言ではなく、起業家を目指すのであれば、これに関する知識は欠かすことのできないものです。
合併と買収は大企業だけの戦略ではありません。適切なM&Aは、スモールビジネスの成長を加速させる強力な武器となり得ます。この記事では、合併と買収の基本的な概念や種類から、メリットやデメリット、合併買収の事例まで幅広く解説しています。ぜひ参考にして、自社の成長戦略に合併と買収を組み込むことを検討してみてください。
合併と買収(M&A)とは?
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合併と買収とは、2つ以上の企業が統合して新しい企業を形成(合併)することや、ある企業が他の企業を取得し、自社の一部とすること(買収)です。Mergers(合併)and Acquisitions(買収)を略してM&Aとも呼ばれます。
合併と買収の主な目的は、シナジー効果(相乗効果)を得ることで、統合後の企業価値を高めることにあります。たとえば、2019年に靴とアパレルの通販サイトLOCONDO(ロコンド)の運営会社が、通販大手の千趣会傘下のモバコレを買収したケースでは、30〜40代女性と靴製品に強いロコンドが、20代女性のアパレルに特化した同社を取り込むことで、互いの事業を補完し合うことに成功しました。また、物流の統合やロコンドの「即日配送」サービスなどをどちらのユーザーにも提供することで収益改善にもつながっています。
このように、合併と買収によるシナジー効果によって互いの企業の強みを融合させ、新たな価値創造や市場拡大、市場競争力の向上などが可能となります。
EC事業者が合併と買収について知っておくべき理由
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中小企業であっても、合併と買収を活用することで事業の成長加速、新たな市場への参入、価値あるテクノロジーの獲得などを目指すことができます。特にEコマース事業者は、既存のビジネスを買収する場合、ビジネスをすぐに稼働できるといったメリットや、オンライン事業を買収すると、ECサイトがすでにあるためすみやかに販売開始でき、顧客基盤も確立されているため、短時間で収益をあげることができといったメリットがあります。そのため、合併と買収とは何か、その種類やメリットについて知っておくとよいでしょう。
合併と買収(M&A)の種類
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合併(Merger)
複数の企業が統合し、一つの企業になる合併には以下の種類があります。
- 吸収合併:一方の企業が他方を吸収し、吸収された企業は消滅します。存続会社が消滅会社のすべての権利義務を引き継ぎます。
- 新設合併:合併前の企業が解散し、新たに会社を設立して統合します。消滅した法人のすべての権利義務は、新設された企業が引き継ぎます。
買収(Acquisition)
一方の企業が他方の企業の経営権を取得する買収はM&Aの中でも最もポピュラーな手法と言われています。買収には以下の方法があります。
- 株式取得:対象企業の株式を取得し、経営権を握ることです。株式譲渡、株式移転、株式交換、第三者割当増資、TOB(株式公開買付)などの方法があります。
- 事業譲渡:対象企業の特定の事業や資産を譲り受けます。会社全体ではなく、一部の事業のみを取得する際に用いられます。
- 会社分割:企業が自社の事業を分割し、その一部を他社に承継させる手法です。新設分割や吸収分割などの形態があります。
合併と買収のメリット
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合併と買収による主なメリットとして、よくうたわれるのがコスト削減や効率性の向上ですが、実際にもたらされるメリットにはさらに多くのものがあります。以下はその一例です。
市場の拡大
合併と買収は、新たな販売地域や顧客の獲得につながります。たとえば、インターネットオークションで世界最多の利用者を誇るeBay(イーベイ)は2002年にオンライン決済サービスPayPal(ペイパル)を買収し、ビジネスモデルを変革するグローバルな金融プラットフォームを手に入れました。
テクノロジーの獲得
現代において、最先端のデジタル技術が獲得できるのも合併と買収の大きなメリットです。Facebookは、2012年にInstagramを10億ドルで買収したことで、その後数年間、SNSにおける優位性を確保することができました。
人材や設備の獲得
有益な人材や設備を獲得できるのもメリットの一つです。2019年、本場インド料理店サムラートを運営する有限会社スニタトレーディングはゴーゴーカレーグループに対して自社工場を事業譲渡という形で売却しました。アメリカでもすでに8店舗出店するなど積極的な海外展開を進める同グループにとって、世界人口の約20%を占めるイスラム教の消費者に向けたハラール対応のカレー製造が可能な工場を獲得できたのは、非常に大きなメリットと言えます。また、2017年に石川県のインド料理店ホットハウスも事業譲渡しており、同店のセントラルキッチンとしても、この工場を活用しています。
合併と買収のデメリット
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合併と買収にはリスクがつきものですが、たとえば以下のような課題があります。
企業文化の衝突
2つの企業が合併する際、それぞれの企業文化が衝突し、経営方針の混乱などによって損失につながる場合があります。2016年のファミリーマートとサークルK・サンクスの統合では、企業文化の違い、経営の自由度や補助の有無などフランチャイズに対する方針の違いから、元々サークルK加盟店だった店舗の反発が強まりました。さらに、統合による収益向上の期待が達成されず、店舗ではシステム面でも経営負担が増加しました。
財務上の負担
買収には多額の費用がかかるため、負債の増加や株価の低下につながる可能性もあります。買収対象を正確に事業評価し、統合にかかるコストを綿密に計算することは極めて重要です。
規制上のハードル
独占禁止法の違反が懸念される場合、合併と買収の取引が複雑化したり頓挫したりする可能性があります。2005年の三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスの経営統合では、銀行業務や証券業務など47の取引分野が独占禁止法の審査対象となりました。特に預金・貸出市場では競争制限の可能性が指摘され、全国および都道府県単位で詳細な審査が行われました。最終的には、競争を確保するための条件を付したうえで経営統合が承認となりました。
Eコマース事業における合併と買収の未来
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コマース分野における合併と買収の将来を見据えたとき、以下のようなトレンドが形成されつつあります。
- デジタルトランスフォーメーション:デジタル戦略の加速のため、各企業によるテック系スタートアップ企業を買収するケースが増えています。
- サステナビリティの重視:環境、社会、ガバナンス(ESG)を重視し、サステナブルな取り組みを行っているかどうかが合併と買収において重要な考慮事項となりつつあります。
- クロスボーダーM&A:クロスボーダーM&Aは、合併と買収において譲渡企業または譲受企業のいずれか一方が海外企業である場合を指します。日本企業が海外へ進出する際などに活用されています。地政学的な緊張が懸念されるケースもありますが、国際的な合併と買収はグローバルな事業拡大を目指す企業に成長機会を提供します。
まとめ
合併と買収は企業の成長と変革のための強力な手段です。M&Aには企業文化の衝突など課題も伴いますが、市場拡大、経営効率の改善、戦略的ポジショニングといったメリットもあるので、さらなる成功を目指す起業家にとって重要な選択肢となるでしょう。
合併と買収は大企業だけのものではありません。中小企業がビジネスを成功させるには、合併と買収におけるトレンドや戦略に関する知識や情報を持っておくことも必要です。そのためには、各業界団体への加入、合併と買収をテーマとしたカンファレンスへの参加、企業戦略やM&Aに焦点を絞ったエグゼクティブ教育プログラムに参加するなどして、合併と買収についての知識を深め、他企業との関係構築を行うとよいでしょう。買収によってビジネスを成長させたい場合でも、自社を魅力的な買収対象として位置づけたい場合でも、大きな競争優位性を得ることができます。
合併と買収(M&A)に関するよくある質問
合併と買収完了までの一般的な期間は?
合併と買収のスケジュールは様々ですが、平均すると最初のオファーからクロージング(成約)まで約4〜6ヶ月かかります。複雑な案件や規制当局の監視が必要な案件では、1年以上かかることもあります。
合併と買収の違いは?
合併は2つの企業を統合し、新たな事業体を設立するのに対し、買収は、ある企業が他の企業を買収しその企業を自社の事業に吸収するという点に違いがあります。
事業成長を目指す場合、従来の合併と買収に代わる選択肢はある?
はい、従来の合併と買収に代わる選択肢はあります。戦略的提携(アライアンス)、共同出資の合弁会社設立、またはライセンス契約などがあり、これらの選択肢は、より低リスクかつ低負担で合併と買収のメリットを享受できる可能性があります。
中小企業は、将来的な合併と買収にどのように備えればいい?
将来起こり得る合併と買収に対し中小企業が備えられることは、財務諸表の整備、強力な知的財産の開発、強固な顧客基盤の構築、そして事業拡大にあたって拡張可能な仕組みや手順等の構築でしょう。これらにより、潜在的な買収者にとって事業がより魅力的なものとなるはずです。
合併と買収におけるデューデリジェンスの役割とは?
合併と買収におけるデューデリジェンス(買収監査)は、買収対象となる企業の財務状況、事業内容、法務状況、市場でのポジション、潜在的なリスクや負債などを総合的に調査し、買収に適しているかどうかの判断材料にするという重要な役割があります。
中小企業の合併と買収をサポートする機関は?
中小企業の合併や買収(M&A)を支援する機関には、事業承継に関する相談やマッチング支援を行い、後継者不在の企業が円滑に承継を進めるためのサポートを提供する事業承継・引継ぎ支援センター(47都道府県のすべてに設置)があります。さらに、銀行や信用金庫といった金融機関のほか、弁護士、会計士、税理士などの専門家も合併と買収のアドバイスや仲介を請け負っています。また、経産省によるM&A支援機関登録制度は、中小企業が信頼できるM&A支援機関を選択できるように設けられた制度で、同サイトの登録支援機関からトラブル回避のために専門的なアドバイスを受けることが可能です。
文:Miyuki Kakuishi