個人の働き方が多様化する昨今、個人事業主として開業することは主要な選択肢の一つとなっています。個人で事業を開設する際にまずするべきこととして、開業届の提出があります。ここでは、開業届の入手方法から注意点まで、個人事業主として開業届を提出する際の基礎知識を解説します。
開業届とは
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開業届とは、個人事業を始めたことを税務署に知らせるための書類です。正式名称は「個人事業の開業・廃業等届出書」と言います。開業から1カ月以内に所轄の税務署に開業届を提出しなければならないことが所得税法第229条で義務付けられています。また、開業届の提出に費用はかかりません。
開業届を提出しなくても現状罰則はなく、開業届を提出せずに個人事業主として仕事を受けたり、所得税の確定申告をしたりすることは可能です。しかし、罰則がないだけで義務であることに変わりはなく、また、開業届を提出することで得られるメリットもあるため、原則開業届は提出するようにしましょう。
開業届を提出すべき人
開業届を提出しなくてはならないのは個人事業主だけではありません。フリーランスの人や継続的に副業を行う会社員も開業届の提出対象者となります。開業届の提出では事業収入の有無や額は関係ないため、事業を始めたり事業所などを開設したりした場合は開業届を提出しましょう。
なお、個人事業主とは、個人で事業を行っている人のことです。従業員の有無は関係なく、法人を設立せずに個人で事業を経営している人は個人事業主にあたります。
個人事業主が開業届を提出するメリット
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青色申告ができる
開業届を提出する最大のメリットは、確定申告を青色申告で行えるようになる点です。開業届を新たに提出する場合は開業日から2カ月以内、すでに開業していて青色申告に変更したい場合はその年度の3月15日までに所轄の税務署に青色申告承認申請書を提出することで、青色申告ができるようになります。
青色申告では最大65万円の特別控除が受けられるので、住民税や翌年の国民健康保険料を節税することができます。
損失を繰り越すことができる
青色申告では、損失を3年まで繰り越すことが可能です。たとえば、1年目で50万円の損失(赤字)で2年目に400万円の所得(利益)が出た場合には、350万円の所得として税務署に申告することができます。このように損失が出た場合でも、開業届を提出し青色申告を行えば節税により事業の負担を小さくすることができます。
小規模企業共済に加入できる
開業届を提出するメリットの一つに、小規模企業共済に加入できることも挙げられます。小規模企業共済とは、個人事業主や小規模企業の経営者などが加入する、積み立てによる退職金制度です。
個人事業主には会社員のような退職金はありませんが、小規模企業共済に加入しておくと、退職後の生活に備えることができます。また、小規模企業共済の掛金が全額所得控除できるので、税の負担を抑えることにもつながるでしょう。
個人事業主が小規模企業共済に加入する際は確定申告書の控えを提示しますが、事業を始めたばかりでまだ確定申告をしていない場合は、開業届の控えを提出します。
開業届の提出に必要なもの
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開業届を提出する際に次の3点が必要です。
- 開業届出書
- マイナンバーカード(またはマイナンバーがわかるもの)
- 本人確認書類(マイナンバーカードがない場合)
開業届出書
開業届出書は、国税庁のホームページからダウンロードするか、税務署の窓口で受け取ることができます。税務署窓口や郵送で提出する場合、提出用と控え用に2枚用意します。
e-Taxを使用してパソコンで届出書を作成しオンラインで提出することもできます。
マイナンバーカード(またはマイナンバーがわかるもの)
開業届にはマイナンバーを記載するため、マイナンバーカードなど、マイナンバーを確認できる書類も必要です。マイナンバーカードがない場合は、通知カードやマイナンバーの記載がある住民票などを用意しましょう。マイナンバーカードは、本人確認書類としても認められます。
本人確認書類(マイナンバーカードがない場合)
開業届を提出する際は、本人確認書類も必要となります。
開業届の提出時にマイナンバーカードがない場合は、通知カードやマイナンバーの記載がある住民票などの「番号確認書類」とともに、運転免許証、パスポートなどの「身元確認書類」が必要になります。窓口提出なら提示を、郵送提出ならコピーを同封します。e-Taxの場合は不要です。
マイナンバーカードがある場合は、番号確認と身元確認の両方を兼ねられるため、他の本人確認書類は不要です。窓口提出の場合はマイナンバーカードの原本を提示し、郵送提出ならマイナンバーカードの両面をコピーして同封します。
その他、書類への押印は不要になりましたが、税務署の窓口で直接開業届を提出する場合には、万が一書き直しが発生した際の訂正印として使用することがあるため、印鑑も持参しておくといいでしょう。
開業届の書き方
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開業届の記入内容について、項目ごとに説明します。
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- 提出する税務署:所轄の税務署名を記入します。
- 提出日:開業から1カ月以内の提出日を記入します。
- 納税地:納税地を住民票の住所にする場合は「住所地」、住民票の住所以外の居住場所にする場合は「居住地」、事務所等の所在地にする場合は「事務所等」を選択し、その住所と電話番号を記入します。
- 上記以外の所在地・事務所等:納税地以外に住所や事務所がある場合は記入します。たとえば、納税地に事務所等の住所を記載した場合は自宅住所を記入します。
- 氏名/生年月日:事業主の氏名、生年月日を記入します。
- 個人番号:マイナンバーを記入します。
- 職業:開業後に行う業種を記入します。個人事業税にも関わる部分のため、日本標準産業分類なども参考にして記入しましょう。
- 屋号:屋号(事業を行う上で使用する名称)を設定する場合は記入します。
- 届出の区分:「開業」を選択します。
- 所得の種類:「事業所得」を選択します。
- 開業・廃業等日:開業したと認識した日(条件などはないため、自分で決めた日で良い)や開業届の提出日を記入します。
- 事務所等を新増設、移転、廃止した場合:新しく開業する場合は記入不要です。
- 開業・廃業に伴う届出書の提出の有無:青色申告承認申請書を同時に提出する場合は「有」を選択します。その他該当する箇所にチェックを入れます。
- 事業の概要:職業欄に書いた内容をより詳しく記載します。たとえば、職業欄を小売業にした場合、「衣類のインターネット販売や店頭販売」というように、事業の内容をできるだけ具体的に記入します。
- 給与等の支払の状況:従業員を雇う場合は各項目を記入します。
- 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書の提出の有無:提出する場合は「有」を選択します。
- 給与支払を開始する年月日:従業員に給与の支払いを開始する日を記入します。
- 関与税理士:税理士に開業届の作成を依頼する場合は記入します。
開業届の提出方法
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開業届は、次の3つの方法で提出できます。
1. 税務署の窓口に持参
最寄りの税務署の窓口に持参する方法です。窓口に持参する方法は、記入事項などをその場で修正できるのが利点です。提出先の管轄税務署は、国税庁が公開している「税務署の所在地などを知りたい方」から検索できます。
2. 郵送
税務署宛に郵送する方法です。開業届と併せて、本人確認書類の写しと切手を貼った返信用封筒を同封します。
3. e-Tax
国税庁のオンラインサービスであるe-Tax を使用して、インターネットで税務署に申請する方法です。パソコンからe-Taxソフトで届出書を作成の上、提出します。初めてe-Taxを利用する場合、利用者識別番号を取得する必要があります。
開業届を提出する際の注意点
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開業届を提出する際は次の点に注意しましょう。
失業保険が受けられなくなる
開業届を提出すると、失業者ではなく個人事業主として扱われるようになるため、失業保険が受けられなくなります。失業保険は、失業者が次の仕事を見つけるまでのサポートを目的とした保険なので、個人事業主は支給の対象になりません。
扶養控除から外れてしまう可能性がある
社会保険の扶養控除の対象条件は、年間の合計所得が130万円未満の場合です。しかし、合計所得が130万円以内でも、健康保険組合によっては開業届を出すと被扶養者としての資格がなくなる場合もあるため、扶養控除から外れてしまう可能性があります。
個人事業主が開業届を出さないとどうなる?
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開業届を出さなくても罰則はありませんが、開業届を出さないと以下のようなデメリットがあります。
白色申告になる
開業届を出さないと、確定申告は白色申告で行うことになります。白色申告は簡易簿記でできる書類負担の少ない申告方法ですが、青色申告のように特別控除や赤字繰越などの税務上のメリットを受けることができません。
開業届を出していれば、青色申告承認申請を行い、節税効果の高い青色申告を行うことができます。
屋号での口座開設ができない
個人事業主は個人開設の口座しか持てませんが、銀行によっては個人名に屋号のついたものを名義として認めているため、事業用口座として新しく口座を開設することができます。しかし、屋号つきの口座を開設するためには開業届の控えを求められることがほとんどです。開業届を出していないと、ビジネス用に屋号のついた名義で口座開設するのは難しくなります。
クレジットカードを作りにくい
個人事業主は収入が安定しにくいため、クレジットカードの審査に通りにくいことがありますが、開業届を出していれば事業を行っている証明ができ、信用度が高まります。また、ビジネス用のクレジットカードを作成する際にも開業届の控えを求められることが多いため、開業届を出していないと個人用カードと事業用カードを分けるのが難しくなります。
小規模企業共済に加入できない
退職金代わりになる共済金を積み立てられる小規模企業共済に加入する際、確定申告をまだ行っていない場合は開業届の写しを提出しなければならないため、開業届を出していないと開業初年度から加入することができません。
補助金・助成金の申請ができない
事業を開始するときの資金調達方法の一つに補助金や助成金がありますが、補助金や助成金の申請をする場合、開業届を出していることが条件であることが多くあります。開業届を出していないと、こういった補助金や助成金を活用できず、資金調達がしにくくなる可能性があります。
開業時に提出する開業届以外の書類
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開業する際には、開業届と併せて提出しておいた方がいい書類があります。何度も税務署へ足を運んだり郵送したりするのは手間がかかるため、自分の事業の場合はどのような書類の提出が必要なのかを確認しておきましょう。
個人事業税の事業開始等申告書
個人事業開始申告書は、各都道府県に提出する、個人事業税(地方税)に関する書類です。
期限までに提出していなくても罰則などはありませんが、開業時の事業開始等申告書提出は各自治体の条例で定められていることもあるため、開業する際には提出するようにしましょう。
万が一提出していなくても、確定申告によって事業主の所得に関する情報は都道府県に伝わるため、個人事業税の課税対象になった場合は納税通知書が届きます。
必要なケース:個人事業主として事業を始めるすべての人
提出先:所轄の都道府県税事務所
提出期限:自治体によって異なる
青色申告承認申請書
必要なケース:青色申告で確定申告をする場合
提出先:税務署
提出期限:青色申告をしようとする年の3月15日まで(その年の1月16日以後に開業した場合は開業日から2カ月以内)
適格請求書発行事業者の登録申請書
必要なケース:インボイス制度に対応するために適格請求書発行事業者になる場合
提出先:税務署
提出期限:希望登録日の15日前まで
青色事業専従者給与に関する届出書
必要なケース:青色事業専従者の要件を満たす家族従業員への給与を経費にしたい場合
提出先:税務署
提出期限:青色事業専従者給与額を必要経費に算入しようとする年の3月15日まで(その年の1月16日以後に開業した場合や、新たに専従者を雇用することになった場合は、開業または雇用した日から2カ月以内)
給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書
必要なケース:従業員を雇う場合
提出先:税務署
提出期限:事務所の開設日から1カ月以内
源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書
必要なケース:従業員数が10名未満で、源泉所得税の納付を年2回にまとめたい場合
提出先:税務署
提出期限:期限の定めなし(原則として、提出した日の翌月に支払う給与等から適用)
まとめ
開業届とは、個人事業を始めたことを税務署に知らせるための書類です。開業届を提出しなくても罰則はありませんが、開業届の控えが必要になる場面や開業届を提出することで得られるメリットがあります。青色申告による節税や、小規模企業共済での退職金の積み立て、補助金・助成金の申請などが可能になるため、フリーランスになろうとしている人やこれから起業しようとしている人は、できるだけ早く開業届を提出すると良いでしょう。
開業届を提出して確定申告を青色申告で行う場合、帳簿の付け方が複雑になりますが、会計ソフトなどを使うことで経理初心者でも確定申告時にスムーズに作業を進めることができます。EC事業で開業する場合は、Shopifyのような会計ソフトと連携できるECプラットフォームを利用するのがおすすめです。
よくある質問
法人の開業届とは?
法人が提出する開業届は、「法人設立届出書」と言います。法人税法により提出が義務付けられており、管轄の税務署に設立の日(設立登記の日)以後2カ月以内に提出しなければなりません。
開業届は出さないとダメ?
開業届は所得税法上の義務として必ず提出しなければなりません。事業開始から1カ月以内に提出する必要があります。提出をしないことによる罰則などはありませんが、開業届の控えが事業主としての証明書として活用できる場面(たとえば店舗やオフィスを借りる際など)や開業届を提出しておくことで得られるメリットがあるので、信頼性を高めるためにも事業の負担を軽減するためにも、提出しておくことが非常に重要です。
開業届を出すメリットは?
- 青色申告ができる
- 損失を繰り越すことができる
- 小規模企業共済に加入できる
- 補助金・助成金を申請できる
- 屋号名義の銀行口座を開設できる
- 事業主としての証明書として活用できる
開業届は更新が必要?
開業届は、提出後の更新は必要ありません。ただし、引っ越したり、事業所が移転するなどして、開業届の納税地の欄に記載した住所に変更が生じたりした場合は、税務署に「所得税・消費税の納税地の変更に関する届出書」を提出しなければなりません。
開業届はいくらかかる?
開業届の提出に費用はかかりません。
開業届の控えが必要になる場面は?
- 開業初年から小規模企業共済に加入するとき
- 公的な支援制度(補助金・助成金など)に申請するとき
- 事業融資を受けるとき
- 店舗やオフィスを借りるとき
- 屋号名義の銀行口座を開設するとき
- ビジネスカードを作るとき など
開業届は収入なしでも必要?
開業届は、収入がない場合も事業所得が発生するなどの条件に該当すれば、提出が必要です。また、開業届を提出し青色申告ができるようにしておけば赤字を繰り越すことができるため、収入がない場合や赤字になる場合にメリットとなります。
開業届を出すと副業しているのがバレる?
開業届を出しただけでは副業はバレません。しかし、副業による所得が年間20万円を超えると確定申告する必要が出てくるため、住民税の額の変化によって副業がバレる可能性があります。
最近では副業を推奨する企業も増えてきています。開業届を出す前にまずは上司や労務担当者などに相談すると良いでしょう。
文:Kyoko Kitamura